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   <title>月下の流水</title>
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   <subtitle>広いのは海だけじゃない…？</subtitle>
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   <title>魅惑的ないろ　その２</title>
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   <published>2010-08-20T04:44:08Z</published>
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   <summary>金色が神聖な光、彼岸的な世界の象徴として、仏像、神殿、宗教画、その他の宗教的装飾...</summary>
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      金色が神聖な光、彼岸的な世界の象徴として、仏像、神殿、宗教画、その他の宗教的装飾に用いられるということは、洋の東西とも変りはありません。

ただし、マリアやキリストの像、あるいは聖者や天使の頭上によく描かれる光背は、最初は金色で塗られていたのが、ルネッサンス以降の絵画では、金色そのものは次第に使われなくなり、一種の神秘的な光の表現に変ってゆく。

一方では、金色は現世的な富貴、権力の象徴でもあって、黄金花咲く藤原氏三代の奥州平泉、足利義満の金閣、信長、秀吉の権力を誇示する安土桃山美術、富裕な市民階級に支えられた元禄文化などは、マルコ・ポーロのイメージを裏切らない日本の黄金色時代といえるでしょう。


      
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   <title>魅惑的ないろ　その１</title>
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   <published>2010-08-10T04:15:56Z</published>
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      金色を機械的に測定してみれば、その色の光学的特性は黄色とあまり変るところはありません。

つまり、金色は黄色に金属的な輝きが加わっただけで、金色と黄色という色名の違いは、いわば現象学的な違いにすぎないことになります。

英語のイエローとゴールドも、どちらも原始印欧語のｇｈｅｌに発しているということで、結局どちらも黄色であり金色でもあって、言葉の点でも同類です。

ただ、実際の金色は、その光沢と輝き、金属としての価値のためか、ただの黄色とはまったく別の象徴的意味をもつ。

      
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   <title>ヴェネツィア･･･ドゥカーレ宮</title>
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   <published>2010-07-30T11:14:22Z</published>
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      サン・マルコ広場にはまた、かつての政治の中心であり、ヴェネツィア・ゴシックの代表的建築の一つとされるドゥカーレ宮が、美しい姿を見せています。
上部は薄いピンクの大理石で飾られていて、まさに「アドリア海の花嫁」の名にふさわしい華やかさをかもしだしています。

ドゥカーレ宮の横、サン・マルコ広場の一角に立っている茶色の塔が、大鐘楼です。

エレベーター(有料)で登ることができ、空気の澄んだ青天の日には、遠くアルプスの山々まで見晴らすことができます。
大鐘楼には旧図書館が併設されていて、古書の展示室と考古学博物館があります。

サン・マルコ広場に面した回廊の中には、さまざまな店が並んでいます。

名産のヴェネツィアン・グラスをはじめ、レース編み、貴金属、カーニヴァルの仮面など、品物の彩りとレイアウトの巧みさに、いつまで見ていても飽きません。
      
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   <title>ヴェネツィア･･･サン・マルコ広場</title>
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   <published>2010-07-16T11:13:44Z</published>
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      やがてヴァポレットは大運河を抜け、サンマルコ運河に面したサン・マルコ広場に到着します。

サン・マルコ(聖マルコ)は聖書作者の一人とされ、その亡骸はエジプトのアレキサンドリアに葬られていましたが、9世紀初頭にヴェネツィア人が買い取ってここに移したということです。
何という商魂かと驚きますが、その後聖マルコはヴェネツィアの守護神として、現在にいたるまで人々の信仰を集めることになりました。

この遺体が納められているのが、広場に隣接するサン・マルコ寺院です。
その絢欄豪華な造りは、かつてもたらされた莫大な富と、聖マルコに対する信仰心の深さを如実に表わしています。
      
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   <title>ヴェネツィア･･･交通～陸路の場合～ローマ広場</title>
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   <published>2010-06-30T11:12:47Z</published>
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      本土側のメストレ地区から本島をつないでいる道路の延長のような陸橋を渡ると、右手に大きなガレージビルのあるローマ広場に到着します。

車はここまでしか入ることができないので、もしレンタカーを利用しているのなら、ここでガレージに預けます。

ここからはタクシーボートに乗るか、ヴァポレットを利用します。
乗り場はNo.1が各駅停車、No.2が急行になっていて、サン・マルコ広場までなら急行が便利。

ヴァポレットに乗ると、そこからは本土側とはまったく異なる世界が展開されます。
大運河を行き交う大小の船やゴンドラ、運河沿いのバール(喫茶店)でくっろぐ人々一そこにはこれまでとは別の時間が流れているようです。
      
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   <title>ヴェネツィア･･･交通～陸路の場合</title>
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   <published>2010-06-16T12:12:04Z</published>
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      鉄道を利用すると、列車はまず、イタリア本土側のヴェネツィア・メストレ駅に停車します。
あわててここで降りず、次のサンタ・ルチアの終着駅まで乗って行きます。

駅の前には本島のメインストリートである大運河(カナル・グランデ)があります。
ここからヴァポレットと呼ばれる乗合水上バスに乗り換えて、サン・マルコ広場に向かうことになります。

車でヴェネツィアに入る場合は、本土側のメストレ地区から本島をつないでいる道路の延長のような陸橋を利用します。

この陸橋の完成は意外に新しく、1933年のことです。それまでは船または1848年に作られた鉄道橋のみが、本土と島を結ぶ交通手段でした。
      
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   <title>ヴェネツィア･･･交通～空路の場合</title>
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   <published>2010-05-30T11:11:10Z</published>
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      飛行機の本土側にあるマルコ・ポーロ空港に着陸します。

空港から本島までは、陸路または海路でつながっていますが、島の中心部であるサン・マルコ広場に行くためには、いずれにしても最後はボートを使わざるをえないので、時間の節約という意味でタクシーボートの利用をおすすめします。

空港を出ると、目の前に船着き場があって「TAXY」と書かれた小ぶりのモーターボートに乗り込みます。
サン・マルコ広場まで、約30分で到着します。

途中、近づいてくる本島を眺めると、威厳のある建物がまるで水の上に浮かんでいるように見え、とても不思議な感じがします。
      
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   <title>ヴェネツィア･･･観光都市</title>
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   <published>2010-05-16T13:09:59Z</published>
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      15～16世紀には、のちにヴェネツィア派と呼ぼれるティッツィアーノ、ティントレット、ベッリー二などの優れた画家に代表される、華やかな文化も生み出していきました。

こうしてヴェネツィアは、ヨーロッパ随一の商業・文化国家として、ナポレオンの侵入を受けるまで、独立国家として存続したのです。

ヴェネツィアが統一イタリアに編入されたのは、1866年のことで、その後は観光都市として世界中の人々を魅了していくことになります。

船酔いし過ぎる人は楽しめないかもしれないです。
      
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   <title>ヴェネツィア･･･水上都市</title>
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      商業とともにヴェネツィアの繁栄を支えたのは、海軍でした。ありあまる財政を基盤に、一流の海軍国となったヴェネツィアは、目前に広がるアドリア海を制圧し、遠くエーゲ海の島々までを植民地としていきます。

旧ユーゴスラヴィアの代表的リゾートとなったドブロブニクも、このときの植民地です。
この町は、何と道路にいたるまで大理石で造られていて、夜になると街灯の光を反射して、町全体がぽっかりと浮かびあがる光景は、まるで夢のようです。

このように、植民地にまで贅をつくした都市づくりを可能にしたヴェネツィアは、13世紀にその極みに達し、「アドリア海の花嫁」と形容されるほど美しく、また活気にみちた町となりました。

町を形成しているのは、118の島と160の運河、そして島と島とを結ぶ400あまりの橋で、まさに水の都と称されるにふさわしい一大水上都市です。
      
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   <title>ヴェネツィア･･･ヴェニスの商人</title>
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      まず地面から造らなければならなかったヴェネツィアですが、そのために歴史は意外な方向へ発展していきます。

まず、脆弱な地面を固めるために使用する大量の松材を、外部から輸入せざるをえなくなり、商業が大いに発達することになりました。
後世シェイクスピアによって名を知られる「ヴェニスの商人」の誕生です。

位置的にも、東方のイスラム世界と西方のキリスト教世界との中間にあり、東西交易を盛んに行なって、莫大な利益を生み出しました。

サン・マルコ広場の周辺にある数々の建造物は、すべてこの利益によって建てられたものといわれています。
      
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   <title>水の都ヴェネツィア</title>
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      現在のヴェネツィアをよく見ると、確かに島というにはあまりに平坦で、しかも本島には、海岸といわれる場所がただの1カ所もないことに気づきます。
それもそのはず、これらの島々はラグーナに松の大木を垂直に打ち込み、その上に大理石を敷いて地面にしているのです。

そのため、海面と地面との差は非常にわずかしかなく、とくに冬期には満潮によってしばしば島の大部分が水没し、観光客をびっくりさせることになります。

また、サン・マルコ広場に隣接したドゥカーレ宮の中を歩くと、真っ直ぐ進むことができないほど床が波打っています。
これは、長年におよぶ宮殿の重みに耐えられなくなった地面が、陥没した結果なのです。
よくもまあ、波打つ地面にこんなに大きな建物が乗っていられるものです。
      
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   <title>憧れの地ヴェネツィア</title>
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   <published>2010-02-28T12:06:41Z</published>
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      イタリア北部のヴェネト州、アドリア海の奥座敷に位置するヴェネツィアは、日本人のみならず、ヨーロッパの人々にとってもはるか昔から憧れの地でした。

この都市が誕生したのは、約1500年前の5世紀後半、ヨーロッパ全土に強大な勢力を誇ったローマ帝国にも、ようやく衰退のきざしが見えはじめたころです。

北方から来襲するフン族の侵略を逃れたヴェネツィ族(ヴェネツィアの名の由来)が、その安全を期すために、ラグーナと呼ばれる湿地帯に小さな村を起こしたのが始まりとされています。

ヴェネツィアにはもともと多くの島があったわけではなく、それらのほとんどはヴェネツィア人たちが、人知をつくして創りあげた人工島であることを知ったとき、その莫大なエネルギーと創造性に驚かざるをえないでしょう。
      
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   <title>パンケチュウベシナイ川</title>
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   <published>2010-01-30T14:56:48Z</published>
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   <summary>パンケチュベシナイ川ともいう。 北海道石狩郡当別町の南部の阿蘇岩山南西にある谷に...</summary>
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      <![CDATA[パンケチュベシナイ川ともいう。

<a href="http://regeltechniek.info/images/24574272.jpg"><img alt="24574272.jpg" src="http://regeltechniek.info/images/24574272-thumb.jpg" width="300" height="225" /></a>

北海道石狩郡当別町の南部の阿蘇岩山南西にある谷に源を発して南に流れ、
東に転じて当別川西岸の平地に出る。
それから南に向きを転じ、当別川の西を並んで流れ、当別町の市街に入る。

町の中心を抜けたところで当別川に合流する。

パンケチュウベシナイ川ってなかなか覚えられない。
長いしカタカナだし（笑）
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      <![CDATA[<a href="http://regeltechniek.info/images/32462464256.jpg"><img alt="32462464256.jpg" src="http://regeltechniek.info/images/32462464256-thumb.jpg" width="350" height="262" /></a>

看板に名前の由来が書いてありました。
小さいけど読める？
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   <title>多摩川</title>
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   <published>2009-12-30T14:58:44Z</published>
   <updated>2010-02-15T11:42:43Z</updated>
   
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      <![CDATA[山梨県・東京都・神奈川県を流れる多摩川水系の本流で一級河川。東京都と神奈川県の県境としての役割も担う。県境全長138km、流域面積1,240km²。堤防はあるものの、首都圏の一級河川でありながら護岸化されていない部分が多く、川辺の野草や野鳥が数多く見られる自然豊かな河川。

<a href="http://regeltechniek.info/images/4326244.JPG"><img alt="4326244.JPG" src="http://regeltechniek.info/images/4326244-thumb.JPG" width="350" height="262" /></a>

川沿いを走れたり、スポーツが出来たりするので
人気スポットですね。
あの人気俳優の市原隼人くんもよく多摩川辺りを走ってるみたいですし。

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   <title>小貝川</title>
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   <summary>延長 	112 km 流域面積 	1,043 km² 小貝川は、関東平野を北から...</summary>
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      <![CDATA[延長 	112 km
流域面積 	1,043 km²
小貝川は、関東平野を北から南へと流れる一級河川。利根川水系利根川の支流。全長111.8kmで、利根川の支流中で第2位の長さを誇る。

<a href="http://regeltechniek.info/images/5465757.JPG"><img alt="5465757.JPG" src="http://regeltechniek.info/images/5465757-thumb.JPG" width="400" height="300" /></a>

洪水をおこす「暴れ川」として知られる。古くは小飼川、蚕養川と表記されており、流域に貝塚があることから「小貝がたくさん採れる川」で転移したと考えられている。前井川、幸田川の別名を持つ。
バス釣りのポイントとしても有名で、釣り雑誌などでよく取り上げられる。

バス釣りをやってる人がいつか辿りつく場所っていったら・・・過言かっ（笑）
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